自分に還る現代の湯治場【峩々温泉】
宿を訪れるまでは、高級感のある1泊主体の温泉宿だと思っていたんです。それが違っていました。ここは現代人のために開かれた湯治場なのだと。宮城県側の蔵王山麓の自然に抱かれた一軒宿「峩々温泉」のこと。慌ただしい1泊の滞在を少し後悔してしまうほど、心と体をゆるめる時間が待っていました。
峩々たる岩
東北新幹線の白石蔵王駅から、まずはバスで遠刈田温泉を目指します。バスの終点からは送迎車で約20分。蔵王の御釜に向かう山道を逸れた渓谷に一軒宿の「峩々温泉」はありました。
玄関を入るとすぐに広がるのが、薪ストーブが灯る談話室。椅子に腰かけ、お茶とお菓子をいただきながら、ゆっくりチェックインします。
談話室の窓際の席に、次のように書かれた小さな案内板がありました。「峩々たる岩々。それが峩々の由来です」。窓の外を見上げると、写真のようなごつごつとした岩の崖が宿を見守るように続いていました。
ひと息ついたら客室へ。談話室もそうでしたが、館内全体に間接照明が多用されていて、ほの暗さが落ち着きます。
部屋は1人で泊まれる8畳和室。到着時にはすでに布団が敷いてあります。そして奥にはこたつ。シンプルなワンルームですが、トイレと洗面、冷蔵庫やポットなど必要なものはたいてい部屋に揃っていて快適。
携帯電話は圏外。Wi-Fiも談話室でしかつながりません。いつしかスマートフォンも開かなくなり、情報からも時間からも解き放たれた心地になっていきます。
独自の入浴法が息づく温泉
峩々温泉の温泉をご紹介しましょう。まずは男女別の大浴場。内湯には、あつ湯とぬる湯の2つの浴槽があります。
内湯の奥にあるのが、あつ湯。源泉温度58℃の源泉をそのまま注ぐ感じで、浸かるのは至難の業なのですが、ここの入浴法がユニーク。湯船のへりにある木枕に寝そべり、竹筒で湯を汲んで、胃や腸にかけるのです。この「かけ湯」、だんだんとお腹の芯からじんわりと温まってきて、なんとも心地がいいのです。
峩々温泉は古くから湯治客が長逗留した宿でした。かけ湯は湯治客たちが熱いお湯に浸かるため、自然発生的にはじめた入浴法なのだそうです。当時は自炊のために持ってきた缶詰の空き缶などを使ってかけていたとか。
大浴場にも男女別露天風呂と混浴露天風呂の2つが付いていますが、もうひとつ素晴らしいのが貸切露天風呂「天空の湯」。宿のすぐそばを流れる濁川を見下ろす高台に位置しています。予約なしで、空いていれば無料で入れるのも良いところ。
胃に負担のない食事をゆっくり噛みしめる
食事処でいただく夕食。野菜が中心で、量もほどよく、胃に負担がありません。本場ドイツで修業したご主人が仕込む燻製ベーコンやハムなどがこれまた美味しい。最初はそんな加工肉の数々とお酒を楽しみます。
夕食の最後に登場したのが芋煮汁とごはん。汁の上にのっているのはお肉かな?と思ったら、宮城名物の油麩でした。ごはんは柴田町の大沼さん家の低農薬栽培のひとめぼれ。素材の味を活かした芋煮汁がしみじみと美味しく、ごはんと合わせて最高のごちそうでした。
帰らなくていい日をつくりたくなる
朝食後、談話室へ移動して、一晩かけて抽出した水出しコーヒーをいただくひととき。1泊の私はあと1時間ほどで帰らなくてはならない。もう1泊していれば、談話室に並ぶ本からお気に入りを選んで読みふけることもできるのに。もう1回温泉に入って、じっくりかけ湯を楽しむこともできるのに。いろんなことが頭をよぎります。
実際、2泊される方が多いそうです。中日には遠刈田温泉を散策したり、近くをハイキングしたり、もちろんなにもしないという選択肢もありで。
名残惜しいですが宿を後にし、帰りは遠刈田温泉の中心部まで送迎してもらいました。共同浴場の「神の湯」でもうひとっ風呂。ぬる湯とあつ湯の浴槽があって、ぬる湯でもなかなかの熱さ。峩々温泉とはまた違ったパンチのある湯で〆るのも良いかもしれません。
峩々温泉
宮城県柴田郡川崎町前川字峩々1