1300年間湧き続ける湯の力、町の力、人の力に懸けたい! 〜自遊人・岩佐十良氏が語る『松本十帖』・後編〜 – 温泉会議
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1300年間湧き続ける湯の力、町の力、人の力に懸けたい! 〜自遊人・岩佐十良氏が語る『松本十帖』・後編〜

ライター

2022年夏・グランドオープンとなった、松本十帖と浅間温泉のエリアリノベーションを岩佐氏のインタビューとともに綴る記事の後編です。

読書をとことん楽しむ時空間

岩佐さんから松本十帖への想い、浅間温泉への願いを伺いながら“温泉街さんぽ”を終え、宿泊する宿「松本本箱」へ。

エントランスへ続くアプローチ。かつての旅館小柳は道路に面していたが、アプローチを造ったことで、旅を楽しむ人たちに高揚感と余韻を感じさせてくれる

1階はレストラン「三六七」とブックストア「オトナ本箱」・「こども本箱」。こちらはブックストアなので気に入った本を購入することができる。

レストラン「三六七」。一年365日、日々移りゆく信州の風土だけでなく、文化と歴史という2つの要素を加えた料理をコンセプトに名付けられている。ここにも壁一面の本箱が。料理を待つ間、ついつい手に取ってしまう

客室は2〜5階までの全24室。今回の部屋は4階の角部屋。宿名の通り、「本」がテーマの宿で、エレベーターを降りると、目の前には「本箱」。こちらは好みの本があれば部屋に持っていき読むこともできる。

わたしの部屋の階のラインナップテーマは「山」かな?

エレベーターを降りてすぐ目の前にある本箱。並んでいる本から選者のテーマを考えるのもおもしろい
廊下のおやつコーナー。シューアイスがお風呂あがりに美味しい!

廊下には、アメニティとタオル、浴衣が並ぶ。

基本的にはアメニティは持参することを勧められる。ただ、忘れてしまっても大丈夫。遠慮なくどうぞというスタイルだ。

また浴衣は、軽井沢の障がい者就労支援施設のクリエイターが描いた、原画を使ったオリジナル。国内の浴衣縫製所に製作を依頼したもので、シンプルながらも味のある、他では見ない柄ゆきが印象的。

身長別に浴衣の柄が違う。タオルは客室にあるタオルウォーマーで繰り返し使う

客室の扉を開けた瞬間、目に飛び込んでくるのは松本市街地。大きな窓から差し込む光が心地よい。ふと見上げると、天井は金具が剥き出し?壁もコンクリートのまま?

一見すると無機質な感じのする客室だが、ソファに座って窓の外の温泉街を眺めていると心が落ち着く。
ヒグラシの声に、田舎のおばあちゃんの家を思い出した

「オープン前、これで完成ですか?とよく聞かれましたが、これが完成形です。壁も天井も職人がこだわって作り込んだもので、読書にふさわしい空間を考えた答えです」

と岩佐さん。

読書を楽しむため、この空間と流れる時間にゆるゆると心を委ねるため、客室にはテレビはない。音のない空間に、唯一客室の露天風呂にかけ流される湯音だけというのが心に落ち着きを与えてくれる。いつの間にか電子音や機械音が溢れる生活に、慣れてしまっていたことに驚く。窓を全開し、大きく深呼吸を一つ。部屋を抜ける空気が奏でるリズムと共に体も心も解けていく。

客室露天風呂。加温はしているものの、源泉をかけ流す。やわらかなお湯で、いつまででも入っていられる
脱衣スペースに置いてある風呂桶。これを手に、タオルを首にかけて湯小屋「小柳之湯」へ。
昼間、町で出会った地元のおじちゃんと同じスタイル

客室露天風呂の脇に置かれている風呂桶。温泉街に点在する、地元の人しか入れない湯小屋を再現した「小柳之湯」へ。食後一息ついてから、この湯桶を抱えて浸かりに向かった。湯船だけのシンプルな湯小屋。少しぬめりのある源泉がかけ流されており、昼間とは一変、正面奥のライトアップされた庭は何とも趣がある。貸切状態だったため、ふ〜っと大きく深呼吸。ついつい鼻歌まで出てしまう心地よさだった。

夜の「小柳之湯」。ここもまた音のない世界。

信濃の“今”を一皿一皿で表現する

 さて、本棚に囲まれたレストラン「三六七」での夕食は、「ローカル・ガストロノミー」をテーマに、野菜を中心に、肉も魚もすべて地元のものを使う。決して豪華なものはないが、信濃の自然に育まれた食材の、滋味あふれる一皿に、シェフの想いが込められている。

まずは長野県らしいシードルから。りんご県に出かけたら外せない、大好きなお酒だ。

岩佐さんが、どうしてもここで手掛けたかったというこのシードル。実は、敷地内に建築していた醸造所の完成を待って、宿をオープンさせたというこだわりの逸品。一般的なものに比べて、低温でじっくり時間をかけて醸造することで、シードル特有の芳醇な香りが際立つという。

現在一般販売はしておらず、宿でのみ飲むことができる。甘さを抑え、爽やかなりんごの酸味が食欲を誘う。

少し濁りのある微発泡酒。シンプルなボトルもいい

次は何?とワクワクする料理の数々もさることながら、サーブしてくれるスタッフさんの佇まいが心地よい。さらに食材の背景も含めた、丁寧かつ心地よいテンポの料理説明も、居心地の良さの大切な要素になっているんだと気付かされる。

「月に一度、全メンバーでミーティングを行い、ビジョンや目標の共有をしています。私たちはサービススタッフではなく、プレゼンターとしておもてなししています。お客様に何を伝えたいか、この地域をどう表現するか、マニュアルではなく個人が考え、行動することで、スタッフ同士が刺激し合い、高め合っています」と、コミュニケーションマネージャーの安達(あんだつ)さん。

京都出身の安達さんは、ホテル業界で働くことを希望。日本中にある旅館やホテルの中で、自遊人を選んだのも、サービススタッフだけでは面白くないと感じていたからとのこと。ここ松本十帖には地元出身のパートさんも多く、立場の垣根なく全員がプレゼンターとしてお客様をお迎えしていることが、全体の雰囲気を作り出しているようだ。

この日の料理は松本平の野菜や佐久の鯉、佐渡の鮎のほか、忘れられないのが安曇野放牧豚だ。あっさりとした脂に旨みが凝縮されており、これまで食べてきた豚肉とは別物。いくらでも食べられそうと思ったことも初めてだ。

この豚は、松本十帖で作るシードルの絞りカスを混ぜ入れたエサを食べ、広々とした豚舎を走り回っている。たまたまこの日、飼育している「藤原ファーム」の藤原さんが宿に豚肉を届けに来ていた。藤原さんを呼び止め、気さくに話しかける岩佐さんの姿を見て、“顔の見える食材”を大切にしている岩佐さんの姿勢を垣間見ることができた。

「佐渡 鮎 甘長とうがらし発酵じゃがいも」 乳酸発酵させたホクホクのじゃがいもと鮎の苦みが絶妙
「安曇野放牧豚 シードル 安曇野らんらん」りんごのシードルソースも肉の旨みを引き立てる

「ここでは農家さんとのお付き合いが多く、特に食材の旬を感じることが多いです。その旬もとても短いので、メニューはどんどん変わっていきます。同じ食材でも先週と今週では味が違います。その変化を楽しめるような料理を作っています。自分で野山に行って、地元の人に教えてもらいながら採ってくる木の実なんかも使います。ここでしか作れない、季節を全身で感じられる料理をお出ししています」と料理長の石川大さん。背後で薪がパチパチと弾けるBGMも耳に心地よい。

食後には、Book store松本本箱へ。「オトナ本箱」では19時〜22時までは宿泊者専用のバータイムとして、無料でお酒が楽しめる。たまたまこの日(今回はたまたまが多く、ラッキーな日だった)はこの本箱を管理している日本出版販売の方が、ブックバーテンダーとして来館。アルコールのサーブと共に、「こんな本が読みたい」というリクエストに応じて、本をセレクトしてくれるイベントが開かれていた。1万冊以上はあるという本箱の中から、“今、読みたい本”を選んでもらえるのは嬉しい。ちなみに、私は以前、小澤征爾さんが主催する「サイトウ・キネン・フェスティバル」でこの地を訪れていたことから、音楽にまつわるちょっと面白い本をリクエスト。読みたい本を誰かに選んでもらうという、初めての体験にワクワク。選んでもらった本はもちろん購入。松本本箱から自宅の本箱へとやってきた。

ジャンルは同じでも、自分では手にしないような本は、世界を広げてくれる
本箱の中には、こんな“ヤドカリ”スペースも。一泊では足りない

「オトナ本箱」の一階下には「こども本箱」も。児童書や絵本が並び、浴槽はボールプールに。こんなスペースなら、子どもも楽しみながら絵本に触れることができそう。

こども本箱内にあるボールプール。こちらも元は大浴場の浴槽。
電球の傘はなつかしの「ケロリン」。これ欲しい!

ちなみに、このBook storeは、ひと晩中利用可能でチェックアウトの翌朝11時まで、時間を気にすることなく耽読できる。本好きにはたまらない時空間だ。お気に入りの本を見つけたら、翌日チェックアウトの時に購入。気づけば両手いっぱいに本を抱えていた。最近はネットで購入することがすっかり当たり前になってしまい、このずっしりとした本の重みは懐かしくもあり、嬉しくもある。本には“買って持って帰る”楽しみも大きい。

翌朝、ぶらぶらと再び温泉街を歩き、松本十帖とほぼ同時期にできた「手紙舎 文箱 松本店」や、ベーカリーに立ち寄って自分へのお土産を買い、家路に着いた。

手紙舎 文箱 松本店の店内。都外に初出店。郵便局に隣接する元銀行をリノベーション。店内にはポストカードをはじめとした紙製品が多く並ぶ
「おやきと、コーヒー」の向かいにできた「Bakery LDK Asama」。安曇野産の小麦粉を使っている

これからの旅は“生活観光”がキーワードに

今なお湧き続ける湯を地元の人たちで守り続けている浅間温泉。その歴史に触れながら、“今”を肌で感じることができる、心惹かれる温泉地として動き出している。

「松本十帖ができてから、2軒新しいお店ができました。開湯1300年以上の歴史がある浅間温泉に、今も毎日の暮らしとして受け継がれている湯仲間の文化と、新しい文化を受け入れようとするところに魅力を感じています。

普段、旅先ではホテルや飲食店のスタッフ以外、そこに住む地元の人たちと触れ合う機会はないと思います。ここでは、宿の中のベーカリーショップやレセプションの常連さんは地元の方々で、おしゃべりやお買い物を楽しんでいます。その隣でお客様がチェックアウトをする。そんな光景がここでは当たり前です。それこそが浅間温泉の魅力となり、この体験が、私たちが目指す「生活観光」につながっていくと思っています」。

安達さんは微笑みながら語ってくれた。

➡前編はこちら

真下智子
ライター
旅行雑誌、企業広報誌の旅記事の制作のほか、業界誌や企業サイトで人物インタビュー記事を担当。温泉シニアソムリエ、温泉入浴指導員、温泉観光実践士。「一日一餡」の無類のあんこ好き。好きなお湯は「足元湧出」
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